
先代理事長の想い
地域の子育ての拠り所として、
子どもたちの「生きる力」を信じて。
子どもの頃、「こんな場所があったらいいな」と夢見ていたことがあります。
あけぼの会は、そんな小さな想いを一つひとつ丁寧に形にしながら、
ここまで歩んできました。
少子化や核家族化が進む時代だからこそ、
私が大切にしたいのは「地域のみんなで子どもを見守る」ということです。
隣の子も自分の子と同じように褒め、叱り、親同士も気兼ねなく助け合える。
そんな温かな空気が、子どもの心を豊かに育てると信じています。
子どもたちは社会の宝です。
一人ひとりが「元気に、仲良く、いたわり、やり抜く」力を身につけられるよう、私たちはずっとそこに向き合ってきました。
十分な時間、のびのびできる空間、そして気の合う仲間。この三つの「間」のなかで、子どもたちは子ども同士の関わりを通じて育ち合います。
地域のみんなが笑顔でいられる場所を、これからも大切に守り続けたい。そして、ここで育った子どもたちが、創意工夫にあふれた豊かな未来を切り拓いていってくれることを願っています。
これからも地域と手をたずさえながら、
すべての子どもたちを深い愛情で包んでいきたいと思います。

history
はじまり
「地域の子育ての拠り所になりたい」
先代理事長のその一念から、すべてがはじまりました。
「できたらいいな を、じゃあやってみよう」
1970年代、宇治市にはまだ十分な保育環境が整っていませんでした。
「安心して子どもを預けて働きたい」という保護者たちの切実な声。その声を真正面から受け止めたのが、先代理事長でした。当時まだ珍しかった0歳児保育や夜間の育児相談にも、一つひとつ向き合いました。「制度にないから」ではなく、「目の前に困っている人がいるから」。その姿勢は、先代が口にしていた「できたらいいな を、じゃあやってみよう」という言葉そのものでした。
1973
1973
年
「登り保育園」を開園
社会福祉法人あけぼの会の設立とともに「登り保育園」が開園しました。定員60名。ここから始まった物語が、やがて児童館の開設、園舎の新築、認定こども園への移行と続いていくことになります。


自然と暮らしに根ざして
宇治市木幡、地元で昔から「登り」と呼ばれてきた木幡山麓の浄妙寺跡地。先代理事長がこの土地を選んだのは、豊かな自然に囲まれ、地域の人々の暮らしと地続きにある場所だったからです。
1978
年
0歳児保育・育児相談を開始
0歳児保育・育児相談を開始。保護者の「働きたい」という声にいち早く寄り添いました。
1984
年
登り保育園設立10周年
記念事業として共通の園章が完成。あけぼの会の象徴となるマークが生まれました。

拠り所の拡大
卒園しても、ずっとつながれる場所を。
先代が夢見た「地域まるごとの子育て」が動きはじめます。
園だけで完結しない、
地域ぐるみの子育ての輪
1990年代に入り、共働き世帯の増加やライフスタイルの多様化が加速していきます。
そのなかで先代理事長が問い続けたのは、
「園を巣立った後も、この地域の中で健やかに育つために、何ができるだろうか」ということでした。
その答えの一つが、保育の枠を超えた取り組みです。
1995年には京都府認可の宇治市初の民間児童館「のぼり児童館」を開設。
卒園した小学生たちが放課後に帰ってこられる場所をつくりました。
さらに、3・4・5歳児の異年齢混合保育の導入、子育て支援センター事業の開始、病児・病後児保育の実施と、
「隣の子も自分の子と同じように」という先代の信念を、一つずつ制度のかたちに変えていきます。
園だけで完結しない、地域ぐるみの子育ての輪。
先代が思い描いていた景色が、少しずつ現実になっていった時代です。
1990
1995
年
「のぼり児童館」を開設
卒園後の子どもたちにも居場所を届けたいという想いから生まれました。京都府認可、宇治市初の民間児童館。


小学生たちの「第二の家」として
「こども園を巣立った子どもたちが、小学生になっても安心して過ごせる場所を守りたい」のぼり児童館は、先代のその想いから生まれました。
乳幼児期に育んだ友達との絆を、卒園で途切れさせたくない。放課後や長期休暇も、慣れ親しんだこの場所で、のびのびと過ごしてほしい。児童館の開設は、地域の子育てを「点」ではなく「線」でつなげるという、あけぼの会の決意の表れでもありました。
いまも卒園児や地域の小学生たちの「第二の家」として、日々、子どもたちの笑い声が響いています。
1998
年
「異年齢混合兄弟保育」を導入
3・4・5歳児の「異年齢混合兄弟保育」を導入。大家族のような温かな育ちの場を整えました。あわせて「チキチキ広場」を開設。
2005~2006
年
「宇治市北部地域子育て支援センター事業」を開始
乳児舎「ぴっころのぼり」、分室「のぼりっこセンター」を相次いで開設し、身近な場所で支え合える環
境を広げました。
2008
年
病児・病後児保育を開始
家庭の「もしも」に寄り添い、安心の輪をさらに広げました。
受け継ぎ、進化する
新しい園舎と新しい仕組みで、もう一歩先の保育へ。
先代が築いた土台の上に、次の景色を描きはじめます。
本館の新築建て替え、第2登りこども園の開設。
創立40周年を迎えた2014年、あけぼの会は大きな転換期に差しかかります。
本館の新築建て替え、「認定こども園」への移行、第2登りこども園の開設。
それは単なる施設の増改築ではなく、先代が築き上げてきた
「あけぼの会らしさ」を次の世代へ受け渡すための挑戦でした。
園舎の設計には、先代が繰り返し口にしていた「子どもの目線」が随所に活かされています。
木のぬくもり、光の差し込む開放的な空間、子どもたちが思わず走り出したくなるような園庭。
ハードが変わっても、その根底にある思想は何一つ変わっていません。
この時期にはもう一つ、象徴的な出来事がありました。
農園「ファームのぼり」の開設です。土に触れ、種を蒔き、収穫を待つ。
先代が大切にしてきた「時間・空間・仲間の三つの間」が、畑のなかにそのまま息づいています。
2010
2010
年
ステップハウスを開設
家庭的保育事業1ヵ所目(ステップハウス)を開設。
2011
年
「第2登り保育園」「はなぞろえ」を開設
「第2登り保育園」を開設。
「登り保育園」分室「はなぞろえ」を開設。
2012~13
年
「キンダーのぼり」「スマイルのぼり」を開設
「登り保育園」分室「キンダーのぼり」を開設(学習塾・保育ママスペースとして活用)。続いて「スマイルのぼり」を開設(多目的スペース・保育ママスペースとして活用)。
2014
年
創立40周年
本館の新築建て替え
あけぼの会は創立40周年を迎え、本館を新築建て替え。創立40周年の節目に、園舎が新しく生まれ変わりました。


40年培った想いを実現した新園舎
新しく生まれ変わった園舎は、木のぬくもりを感じる開放的なデザインと、最新の防犯・防災機能を備えています。しかし、何よりも大切にしたのは、先代が40年かけて積み重ねてきた「子どもの目線に立つ」という姿勢を、空間そのものに宿すことでした。
これまでの歴史を礎に、この新しい園舎から、また新たな時代の子どもたちの笑顔を育んでいきます。
2016
年
「登りこども園」「第2登りこども園」へ移行
幼保連携型認定こども園として、教育と保育を一体で届ける新たなステージへ。あわせて「ほーぷる広場」「のぼりっこセンターサブルーム」を開設。
2017
年
企業主導型保育事業「なごみのぼり」を開設。
2018
年
農園「ファームのぼり」を開設
土に触れる喜びを、子どもたちの日常に届けます。
「できたらいいな」を、これからも
先代の想いは、いまも私たちの真ん中にあります。
変わりゆく時代のなかで、変わらない
「やってみよう」の精神を。
子どもたちが思いきり笑える場所を守り続けるために
2020年以降、世界はかつてないスピードで変化し、当たり前だった日常が揺らぐ場面もありました。
それでも、あけぼの会が選んだのは立ち止まることではなく、
子どもたちが思いきり笑える場所を守り続けるために、一歩ずつ前へ進むことでした。
全天候型広場「のぼりドーム」。登園路を冒険に変える「みちくさ街道」。児童館体育館の拡充。
そして2024年には「第2登りこども園」分園「ほのぼの」を新たに開設。
どの取り組みも、出発点は同じです。
「こんな場所があったらいいな」「こんなことができたらいいな」誰かのその一言。
先代理事長がこの法人を創ったときと、何も変わっていません。
2020
2020
年
「のぼりドーム」完成
全天候型広場「のぼりドーム」完成。雨の日も強い日差しの日も、子どもたちが全力で遊べる場所が誕生しました。

全天候型広場「のぼりドーム」
子どもたちの健やかな成長に欠かせない「思いきり体を動かす時間」を、天候に左右されることなく届けたい。「のぼりドーム」は、そんな声から生まれた全天候型の広場です。
雨の日でも、日差しが強い夏の日でも、子どもたちが全力で駆けまわれる開放的な空間。先代が大切にしていた「十分な時間とのびのびできる空間」が、ここに結実しています。どんな天候でも、子どもたちの歓声は止みません。
2021
年
児童館体育館を拡充
地域の小学生たちのエネルギーを受け止めるため1.5倍に拡張し、街の子どもたちの居場所をさらに広げました。
2022
年
「みちくさ街道」を開設
毎日の登園路が、子どもたちのワクワクする冒険路に変わりました。
2024
年
「ほのぼの」を開設
「第2登りこども園」分園「ほのぼの」を開設。
あけぼの会はこれからも、
子どもたちの「生きる力」を信じて歩み続けます。
50年以上の歳月が経ち、園舎も制度も人も変わりました。
けれど、先代が最初に灯した「できたらいいな を、じゃあやってみよう」という火は、
いまもあけぼの会のすべての場所で静かに燃え続けています。
あけぼの会はこれからも、地域と手をたずさえながら、
子どもたちの「生きる力」を信じて歩み続けます。

















